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第一章 黒い瞳に映る世界は、果ての闇か救いの閃光(ひかり)か7

【第一章 黒い瞳に映る世界は、果ての闇か救いの閃光(ひかり)か】
第7話

温かいな。
そう、思って瞳が醒めた。
麻混じりの、決して柔らかいわけではない上掛けと敷布。薄いけれどどこか温かかった。
ランゼはもう少しこのままでいたいという誘惑にとらわれたが、部屋に差し込む光の明るさと小鳥のさえずりに、もう夜が明けていることを知らされてそれをふりきる。
身を起こすと、すこしだるい感じがした。はらりと顔に掛かる長い髪をかきあげる。裸足をつけた床は、ひんやりと冷たい。紐を緩めたブーツに脚を通し、ぼんやりとした頭で身支度のために洗面所へ向かった。
扉を開けて、廊下に出る。白い土壁はどこか無機質だった。光を燈さないランプが、等間隔に並んでいる。
耳を澄ますけれど、人の声や物音は感じなかった。誰もいないのかも知れないと思うと急に不安になる。わざとかかとで音を立てながら、ランゼは先を急いだ。
すこし歪んだ鏡の下の、固い蛇口を捻って水を出す。弱く流れ出る水に手を翳して、冷たい水を顔にかけた。何度か繰り返す。顔を挙げると顎を、喉を伝って胸元に雫が流れ落ちた。その冷たさに、頭もすっとする。
不安はいつの間にか消えて、これが“日常”のような気がした。変わりなくこうやって過ごしてきて、これからもこうしていくような。けれど心のどこかでそれは違うと解っていて、洗面所を後にする足取りは引き摺るように気が進まなかった。
どうすればいい、胸のなかに想いが疼く。
「何処にいけばいいの」
小さく声にだすと、胸の奥がぎゅっと軋んだ。抑える間もなく涙がぽつり、落ちる。
ランゼは冷たい壁によしかかって、身を屈めて嗚咽した。


薄暗い部屋のなかに舞い戻って、ランゼは敷布の上に座り込んだままでいた。
廊下で不意に涙したことで億劫になり、空腹感はすこしあるけれど食事を摂りに行く気にはなれなかった。
眠くはないけれど瞼を下ろす。鳥の囀りや風の音、廊下を蹴る足音が耳に届いた。
ほんの数日前も、こうして長過ぎる時を過ごしていた。たすけを期待することはとうに諦めた。終わりを望むことすら無意味だと思った。ただ、希望すら持たずに時が過ぎていくのを求めていた。その先に何もなくても。
「ランゼ」
不意に響いた声にランゼは瞼を押し上げた。低くて張りのある声、ロトスだ。
「……なに」
応えた自分の声が思いの外しっかりしていて驚いた。声が震えそうなほど不安なのに。
「入っても大丈夫か」
いつもより神妙な声。ランゼは立ち上がり、扉へと歩み寄った。ゆっくりと扉を引き開ける。
扉が開くなり彼は眉をしかめ、手にしていた食事のトレイをランゼに押し付けるとずかずかと部屋に踏み入った。そして勢いよくカーテンを開ける。明るい光が部屋を照らした。
「あのな、惜しまなくても夜は来るんだ。光のあるときは光を大切にしろよ」
返す言葉が見つからず、ランゼは持たされたトレイに視線を落とした。
小ぶりのパンと、野菜と鶏の煮物。まだ温かくて、やさしい香りがする。パンは、あの少年が届けてくれたものだろうか。
「具合が悪いなら、余計に食え。力が出なきゃ元気になれないぜ」
「……ありがとう」
こんなことを云う人は初めてだった。ランゼはちらりとロトスに視線を遣る。目が合うと彼はにかっと笑った。
ひと呼吸ののち、ロトスは急に真剣な顔つきになる。
「なぁ、ランゼ。俺たちは傭兵なんだ。一緒にいれば、危険な目に遭わせることになる。……ホウライ先生が、お前を引き取ってくれるそうだ。もちろん、元気になるまでここにいて構わないが……ここを出て、穏やかな暮らしをすればいい。もう怖い目に遭う必要は、ないぜ」
ロトスは自分に云い聞かせるような気持ちで、云った。なんだか手離すのが惜しい。けれど、危険を脅かす必要も権利もない。複雑な気分で眼を遣ったランゼの表情は、人形のように変わらなかった。
一方、そう云われたランゼは摑めない、ふわふわとした気持ちでいっぱいだった。喜びでも、哀しみでも、ない。
ランゼはただ小さく、頷いた。
「そう、か」
「急ぐこともないからな。ゆっくり考えて、仕度してくれたらいい。それじゃあな。俺は訓練があるから行くぜ」
ロトスは先ほどまでの真剣な表情をまた崩して、にっと笑う。
「遅刻するとまたシーディに小言を云われるからな」
部屋を出て行こうとする逞しい背中に、ランゼはもう一度声をかけた。
「……ありがとう」
おう、とロトスはふり向いて笑う。


寝台に横になったまま眠らずに、瞳を開けたままランゼは考えを巡らせていた。
ここを、出よう。
穏やかな生活が欲しいからではない。与えられる、慣れない優しさが不安だった。きっと、離れなくてはいけない。きっと、優しさに応えられない。
にっと明るく笑い、手を抜かれたと拗ね、真剣な眼差しもみせた、ロトス。
ときに無表情で、ときに優しく笑いかけてくれる。飄々とした立ち姿が記憶に残る、シーディ。
美しくて、華やかで、気丈な姿が素直に羨ましく思える、ユイ。
可愛らしく笑いかけてくれた、パンの配達の少年。
賑やかに出入りしていく商人たち。
すこし遠くから眺めた、鎧や武器を身につけた青年たち。
時折姿を見かけた、煌びやかな娼婦たち。
短い間にたくさんのものを見た。もう触れられない気がして、哀しさよりも怖さにも似た感覚が走る。
まばたきをすると涙が零れて、枕を濡らした。



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Date:2010/01/01
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Thema:自作小説(ファンタジー)
Janre:小説・文学

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