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□ 黎明のレクイエム □

第三章 行く先も知らぬまま鳥たちは、色とりどりの空を翔る5


【第三章 行く先も知らぬまま鳥たちは、色とりどりの空を翔る】5


砦の傍、鬱蒼と繁る林のなか、道なりに進むと現れる広場。そこにひっそりと、それでいて神々しく、すっと教会が佇んでいる。その建物の円錐型の頂点にはもの云わぬ十字架が掲げられる。
教会の前の花壇には、白い花ばかりが咲いていた。死者を弔う、花。
そこにブリキのじょうろで水を注ぐ、栗色の髪の少女が気がついて顔を上げる。
「セイさん。こんにちは」
浮かべられた、穏やかな笑み。つられるようにしてセイも微笑んだ。
「こんにちは、エマちゃん」
エマは司祭の手伝いをしている少女で、この教会には普段司祭とエマのふたりしかいないようだった。セイはそれとなく視線を巡らせてみたが、相変わらず教会には人気がない。ただまだ高い場所から注ぐ陽の光がその場を華やがせ、鳥の声がそれを彩って平穏な雰囲気を生み出している。ざわざわと草木の揺れる音だけが、時折不穏に響いた。
「セイさんもすこし久しぶりですね。忙しかったのでしょう?」
おっとりとしたものいいで、エマは小首を傾げる。波打つ栗色の髪が揺れて、蒼い瞳にまっすぐとみつめられてセイははにかんだ。
「うん、まあ、すこし」
エマは答える代わりに微笑んだあと、そういえば、と瞳を丸くした。
「先程、ロトスさんがいらっしゃってました」
「え、ロトスさん?」
意外な名前に、セイは思わず聞き返した。やや失礼だが、ロトスと教会というのはなんだか似つかわしくない。彼は強いひとだから、祈ったりする姿は想像ができない。
「ええ、わたしもここで逢ったのは初めてでしたけど」
「そう…何か用かな」
それなら合点がいって、セイは傭兵団のことで何かあったのかな、と思案を巡らせる。ロトスはシーアの右腕的存在だ。よくこの砦を離れていて、自由に行動できる身ではあるが。
「司祭さまと出掛けていかれましたわ」
「そうなんだ…」
気になるような、別に知らなくてもいいような、微妙な気分でセイは相槌を打った。
そんなセイを見て、エマはくすりと笑った。セイは意図がつかめず、一瞬ぽかんとする。
「お邪魔しましたね。祈りにこられたのでしょう」
そう云われてセイの心の中に、後ろめたいような翳りが生まれる。思わず眉を顰め、表情が曇る。セイのころころ変わる百面相をエマが楽しんでいることを当の本人は知る由もない。
「…エマちゃん」
「はい」
「もし、これから戦争になったとして」
ゆっくり、告げる声は一文字一文字を確かめるように慎重だ。
「祈りで俺は救われるかな」
眼の前のエマから瞳を逸らしたまま云い終えて、ああ自分は怖がっているのだな、とセイは実感する。それでも戦場で英雄になりたい思いは変わらない。恐れと、昂揚とがないまぜになって心がざわざわする。
「…はい。かならず」
視線を戻すとエマがにっこりと笑っていた。
「これからひとを殺すかも」
「…それでも」
エマの笑みが微笑みに変わる。その蒼い瞳の意思は揺るぎなくて、セイはこの歳下の少女を頼もしいとさえ感じてしまう。
「あなたが信じる道の通りであるならば…神は赦してくださいます」
セイは、そうか、と頷いた。
「なかに、入られますか? 私もご一緒しますわ。一緒にお祈りします」
「…ありがとう」
セイはもう一度、頷いた。大丈夫だ、と漠然と云い聞かせる。
エマのあとについて、セイは教会のなかに入った。
狭いなかに、ありふれた教会のようなベンチはない。ただ奥の壁一面が、色鮮やかなステンドグラスで彩られている。
燃える焔のような緋。夜明けのそのときの空のような藍。生い茂る大地の草のような翠。金の装飾のような黄。
その色が描く絵の意味はセイには解らない。それでも視界いっぱいにそれを収めるたびに、心を奪われたようになるのだった。
そしてそのステンドグラスの中央に、大きな十字架が埋め込まれている。
十字架は確か昔々、罪人を磔の刑に処したものだという。自分の罪をこの前に吐き出すことで、罪だけが磔になり、この身は、心は救われる、というのが教会で説かれる話だ。
セイをはじめ多くのひとはそこまで信仰が強いわけではない。ただ、拠り処として象徴を求めているだけだ。
ステンドグラスの壁の眼の前で、エマが立ち止まった。
ステンドグラスに見惚れていたセイも我に返り、慌ててそこに歩み寄る。
手を組んで、瞼を伏せるエマの横顔を横目で見、セイも十字架に向き直って瞳を閉じた。
剣を振りかざすことを赦してください、と、心の中で呟く。



「まさかこんな近くに、いたなんて思ってもみませんでした」
ロトスの真っ直ぐな無表情に、司祭は曖昧な笑みを浮かべた。齢六十ほどと聞く、歳相応の皺の奥の瞳にも、感情は窺えない。
「…シーアですか」
ため息混じりの笑みを漏らして、長身の司祭は真っ直ぐロトスを見返した。
「…本当に似ている」
複雑な表情を返すロトスに、司祭は眼を細めた。
「案内したいところがあります。来て、いただけますか」
ロトスは静かに頷く。同じように頷き返した司祭が教会の裏手に向かって歩みを進めるのに、ついていく。肩を並べ、その横顔を窺うことはせず、真っ直ぐ前だけ見据えて声を紡ぐ。
「貴方は…金の短剣を持っているんですよね」
雑草の生い茂るけもの道は、不気味なまでに草木の風に踊る音が覆い尽くしている。木漏れ日だけが照らす薄暗い道で、足裏の感覚だけやけにはっきりして感じられた。
「ええ。私はランゼとともに戦っていました」
平坦に告げられる言葉。ロトスはその横顔をふり向いた。
ティヘナから帰ってきたその日に、ロトスはシーアから打ち明けられたのだった。覇王戦争の生き残りがもうひとり、此処にいる、と。それは金の短剣を受け取ったうちのひとりで、砦の傍に教会を建てたのだ、と。
ロトスが教会を訪ねたとき、彼は待っていた、といわんばかりにロトスを出迎え、あの憂えた笑みを浮かべたのだった。
ロトスの視線にも気づかぬふりで、ふり向くこともしないその横顔。
ただその沈黙の悲愴が、17年経っても癒えぬそれが、生き残った彼の痛みを教えている気がした。
ロトスは、戦友が死したこの土地に教会を建て、ひっそりと暮らし続けたその心を想った。
「ずっと…この土地を守ってくれていたのですか」
足音がやたらと響く時間のなかで、司祭はゆっくりとまばたきをした。
「守ったというほどではありません」
しっかりとした声音で告げられたそれ。すこしの沈黙が流れる。ロトスが彼の横顔から視線を外したあと、司祭が天を見上げたのが気配で解った。
「私は、なにもできなかった。ランゼやロディがその命を懸けているとき…シーアがその役割を果たしているとき、私は情報集めに国軍と接触した直後で、砦に戻ることもロディの応援に行くこともできなかった。ただ逃げ延びて…私は、みすみす仲間を失ってしまった」
低い声で、揺るがない声音で告げられた言葉の含む翳りにロトスは胸が軋むのを感じた。
「ただ……ただ救いだったのは。国は、此の砦を欲しがらなかった。ランゼの怨念を怖れてだとか、立地の悪さからだとか云われていたようですが……」
風にざわざわと揺れる木々の音が声を曖昧に覆う。ロトスは思わず握り締めていた拳を解いた。
「せめてこの砦だけは奪われたくないと、傍にいることを決めました」
まっすぐ、はっきりとロトスの耳に届いた言葉。
それを反芻して噛み締めながら、すぐには相槌できずに足を進める。
「……感謝、してます」
彼をふり向くことはせず、ロトスは云った。草を踏みしめて歩く、自分の足許ばかりを追いかけていく。
「此処を守ってくれていたことを。覇王ランゼや父さんのこと…あの戦争のことを、大切にしてくれていることに」
ロトスがそう告げた刹那、司祭はふいと足を止めた。つられてロトスも足を止め、すこし目線の高い初老の男をふり向く。司祭の唇が動く。
「…ああ、着きました」
ロトスの言葉に何も答えなかった、その彼の面に僅かに笑みが浮かんでいた。それに安堵したのはほんの一瞬、ロトスの瞳に飛び込んできたのは手入れされたひとつの石碑だった。
「これは…」
吸い寄せられるように傍に寄り、ロトスはその石碑に刻まれた文字に視線を落とした。
『親愛なる友、誇り高き英雄  安らかに眠り給え』
『ランゼ イルマ ロディ』
その文字になぜか胸が締めつけられた。形容できない感情が込み上げて、ロトスは声を失う。
その後ろで、司祭、セノアは静かに口を開いた。
「彼らの遺体はどうなったのか知りません。ロディはティヘナで葬られたとも、ランゼとイルマは国軍に持っていかれたとも、噂にだけ聞きました」
その言葉に含まれた哀しさと、骨なき墓の虚しさがロトスを襲う。司祭のやりきれなさがひしひしと伝わるようで、それでも、込み上げる感情は痛みだけではない。
「弔うには…祈るには場所が必要なのです。ひとが教会を拠りどころにするように……。そして彼らの魂も、きっとこれを目印に……私たちをみつけ見守ってくれるでしょう」
司祭はロトスの背に静かに告げる。教えを説くような、落ち着いて優しい口調だった。
ロトスは指先で石碑のその文字をなぞる。ひやりとした感触が指先に伝わった。
「セノア、司祭」
「…ありがとうございます」
司祭はその言葉には答えなかった。それでもすこし、微笑んだだろうとロトスには感じられた。草木の音が、鳥の声が、時を彩る。
冷たい石の塊が、ひどく特別に感じられた。そこに刻まれた名前が、言葉が、熱を持って、鼓動をしているような。ロトスは縋るような想いを持ってその石碑を見据えた。

父さん。覇王ランゼ。
どうか。





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またしても更新に1ヶ月費やしてしまった…はやく話を進めたい。。。
ところで、あれだ、おじさんの話になってるわ笑(ぶちこわし
はやく若い衆も、がんばれ!
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