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第四章 貪欲な平穏は波瀾を欲した 1

【第四章 貪欲な平穏は波瀾を欲した】1


眼が醒めると、柔らかい布団の感触を確かめるのが癖になった。自然の光が室を照らしていることも。左手が自由であることも。
そうやって毎朝、ランゼは現実を確かめた。
いまこの街で、ホウライと、彼が拾ってきたリィザという少年と穏やかに暮らす現実を。
過去を切り離すための、強さを確かめるための男勝りな言葉遣いも板についた。
穏やかな日常は、揺らぐことなく続いている。
ランゼはいつもの通りに、ぼんやりと眼を開き、布団を撫で、左手をすこし浮かせてみてからゆっくりと布団から抜け出した。迷いのない足取りで洗面所へ向かう。
記憶を思い起こすことは殆どなかった。家族のことも、愛しい兄のことも、助け出してくれた男たちのことも。そっと仕舞って、新しい生活を噛み締めている。


居間に入ると、温められたスープのあたたかい香気が鼻をくすぐった。酸味のある、トマトの匂い。
鍋をかき混ぜているホウライの背中にランゼは声をかけた。
「おはようございます、先生」
「おはよう、ランゼ。今日は力の涌く赤いスープじゃよ」
ホウライはゆったりとふり向き、皺を増やして笑うと早速器を手にとってそれをよそい始めた。
昼と夜の食事はランゼが任せられているが、朝はこうして早起きのホウライが特製スープなるものを作ってくれた。
こうやって迎える穏やかな朝が、ランゼはとても好きだった。自然と笑顔を浮かべて、その器を受け取りにホウライに近づく。
形を残したトマトと、数種類の野菜が覗くスープは、近寄るとさらにさわやかな酸味と香草が香った。
「ありがとうございます」
スープを受け取って卓のほうをふり向いたところで、居間に入ってきたところのリィザと瞳が合った。
「おはよう」
「……おはよう」
ぶっきらぼうなその声に、笑顔は添えられていない。彼の短い髪と同じ濃い灰色の瞳は、笑顔のみならず殆どの感情を映すことが少なかった。それでもランゼは気にしていない。自分も、表情豊かでないのを解っている。
やがて眼の前に腰を下ろし、スープに向き合っているリィザをランゼは静かに眺めた。
14歳、という年齢のわりには大人びた表情をしているように思う。彼は二月ほど前、数日間地方に診察に出かけたホウライが連れ帰ってきた。街が襲われ家族を失ったのだという。リィザは涙を流さなかった。少なくとも、ランゼは彼が涙を浮かべるのを見たことがない。ただ、すべてを諦めたような無表情と無感情を纏った少年だった。
ふとリィザが視線を上げるしぐさに、ランゼは慌てて瞳を逸らした。右手に握ったスプーンで眼の前のスープを意味もなくかき混ぜる。
「ランゼ。今日は薬が届く日だと思うんじゃが、わしの手が空いていなかったらいつものように、頼むよ」
ホウライはスープの器を手に、柔和な笑顔を浮かべながら二人の許に歩み寄る。
ランゼは当たり前になった穏やかな日常を特別に思うこともなく、頷いた。


「ありがとう」
代金と引き換えに薬の入った木箱を受け取り、礼を云ったときに薬商人の青年の瞳を見た。
「はい。ではまた。ホウライ先生にもよろしく」
穏やかに細められた眼の、瞳の色は薄い、蒼みがかった黄褐色。どこか懐かしさを憶える色合い。けれども思い出せなくて、ランゼは素直に諦めて扉を閉めようとすこしだけふり向くかたちとなった。
ちょうど奥の診察用の室から出てきた人影と視線が合う。
その長い睫毛に縁取られた瞳はたおやかな笑みを湛える。幸せに満ち溢れたような笑顔。緩やかな曲線を描くその小柄な身体の、腹部だけが幸せで膨らませたように大きかった。その白い細い指先には、小さな指が絡まっている。母の手をしっかりと握る3、4歳ほどの少年は、無防備な視線をランゼに注いでいた。
「ありがとうございました」
やわらかな声に弾かれる。幸せそうな笑顔に、しっかりと結ばれた掌に、思わず見惚れていた。
「……お大事に」
閉めようとしていた扉を彼女らのために開け直すと、女性は惜しげもない笑顔で礼を云って少年の手を引き歩いて行った。
豊かな髪が、衣服の裾が、幸福の旋律のように揺れている。胸の中で滲むような感覚が広がった。
どれくらいの間か、その後姿を眺めていた。ふと視界に、暗い色を好んで身につける、その手に大根や人参が覗く袋を提げたリィザが映った。ホウライの代わりに世話をしている菜園から帰ってきたところなのだろう、彼もあの親子の背を眺めているように見える。ふと踵を返してこちらの方に歩を進めたリィザと、数歩の距離で視線がぶつかる。
扉の前で立ち尽くしていることに云い訳がみつからず、ランゼは言葉もかけずに背を向けようとした。けれど半分身を翻したところで、思い直してふり返る。
「……羨ましい、な」
リィザの濃灰色の瞳が、虚を衝かれてわずかに跳ねた。ランゼはその瞳を真っ直ぐ見据える。
「おかえり」
たおやかな笑顔を思い描いて、ランゼは微笑んだ。
リィザは眉を寄せて、視線を逸らしてただいまの言葉を呑み込んだ。その頬にわずかに朱みが差したのに気がついて、ランゼは笑った。




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主人公(のはず やっと再登場。4章はほとんど書いてあるので楽です。短くなりそうです。
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