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第四章 貪欲な平穏は波瀾を欲した3

【第四章 貪欲な平穏は波瀾を欲した】3


ホウライの云った通りに今日はとても良い天気だった。風は冷たいが陽の光が暖かい。
ランゼは塩漬け肉と野菜をはさんだバケットが入った籠を揺らしながら、リィザが作業している菜園に向かっていた。
ホウライの自宅兼診療所から程遠くない場所にある農場の一角がそうだ。
ランゼは真っ直ぐ向かう太陽の眩しさに眼を細めながらも、リィザの姿を見止めた。周りに人はいないようだが大声を出すのもはばかられて、そのまま歩み寄る。リィザはランゼに気がついていないようだった。声が届くほどまで近づいても気がつかないようで、ランゼは口を開く。
「リ……」
そのとき、リィザの頬を光が滑ったような気がした。ランゼは思わず声を押し止める。リィザは鍬を手にしたままで、もう片手で頬を拭った。涙だ、と確信を得て、ランゼはどうしていいか解らず立ち尽くす。
ふと気配に気づいてかふり向いたリィザと視線がぶつかる。その頬はすこし泥に汚れていた。
「……なにか、用」
リィザは不機嫌そうに眉を顰め、ぶっきらぼうに言葉を吐いた。ランゼは器用に笑顔をつくってみせることができずに、視線を逸らしがちに手にした籠を持ち上げた。リィザの眼が朱くなっているのに気づいてしまった。
「昼だから」
「……いつも昼には戻ってるだろ。なんで」
解せないという風にリィザは一度眉を寄せ、それから困ったように表情を緩めた。リィザはぶっきらぼうで無表情だが優しい。よほど困った表情を自分がしているのだと気がついて、ランゼは申し訳ないような気持ちで空を仰いだ。
「今日は良い天気だからって。ホウライ先生が」
そっか。そう小さく云って、リィザは鍬をそっと土に横たえた。
ふたりは畑の傍の芝の適当な場所を軽く払って、並んで腰を下ろす。バケットを齧りながら漏らす言葉はぽつぽつとぎこちない。
「……今日は、早起きだったんだな」
「……うん、眼が醒めたから、たまには早くから畑に来るのも良いかなと思った」
「熱心、だな……今日ももうすこし、するのか」
「ほかにすることがない」
「そう、か」
がり、という音が響く。不思議と心地良い沈黙。空を眺めればつがいの鳥が通り過ぎていった。
先に沈黙を破ったのはリィザのほうだった。
「……きいて欲しいことがある」
14の少年にしては大人びた、慎重な声だった。ランゼはふり向かずに頷いた。
「うん」
「俺には父さんと母さんと、姉さんがいたんだ」
「……うん」
「リィザって名前、ふたりの名前からもらった。父さんが、イムザ。母さんが、リリアン、で、リィザ。姉さんも同じ。イーリアって名前」
「……いい名前だな」
ランゼは素直に、そう思った。そして家族の話をするリィザの、計り知れない痛みを思って胸が軋んだ。彼が家族を失ったのは、わずか二ヶ月ほど前のことだ。
「……ありがとう、気に入ってる。……父さんも、母さんも、姉さんもいなくなったけど……俺のなかにみんないるって。思いたくて」
リィザからゆっくりと吐き出される声は、震えないように、強がっているような色をしているようにランゼには感じられた。きっと哀しくてたまらない、はずなのだ。
「でも折れそうになるんだ。だから……」
リィザが続けたいその言葉の次が、ランゼには解った。だから手を伸ばして、芝を摑む指に掌を重ねる。
「私が、憶えてる」
どれくらいか、そうしていた。やがてぎこちない指先が、掌を返して遠慮がちに握り返してくる。それが愛おしく感じられて、顔を背けたまま、もう一度握り返した。指先を、掌を通じて伝わってくる熱がこんなにも優しい。
「ありがとう」
リィザが小さな声で云った。それが確かにきこえて、ランゼはうんと頷く。すこしの沈黙を、指先の温もりを確かめることで費やしていく。
「……あの、さ」
リィザの躊躇いがちな声に、ランゼは無言で耳を傾けた。
「ランゼって本当の名前、なんだよな」
胸の奥に刺さったまま抜けない棘が、思い出したように、弱々しく痛み出す。平静を装おうとすれば吐き出す声音が冷たくなった。
「そう。親からもらった、“覇王”と同じ」
ノルド・テイナーに反旗を翻し戦争を始めたいち兵士。自らを覇王と名乗り、最期には妻も仲間も手にかけた冷酷で狂乱な男。すくなくとも大衆に知れ渡る歴史書にはそう残る悪役。
リィザの少年の手が、より強く力を込めてきた。大丈夫だと云って抱き締めた兄の腕のようだと思う。
「父さんは昔、国軍の諜報員だった。嫌になって逃げ出したって、云ってたけど……。“ランゼ”は、悪い奴じゃなかったと思うって、云ってた。本当だよ」
ランゼは初めてゆっくりとリィザをふり向いた。視線に気づいたリィザは惑うことなく瞳を向ける。闇に光が射したような濃い灰色の瞳。哀しみを含ませて、それでも強く真っ直ぐな眼差し。
励まされているのだ、と感じる。リィザが自分の境遇について触れても励ましてくれる強さと優しさを、ランゼは嬉しく、そしてすこし羨ましく思った。
「……そう、か。ありがとう」
すこしずつ救われる気がして、ランゼはわずかに笑みを浮かべた。握った手をそっと離す。
お互いに離していく手をぼんやりと眺めながら、リィザが口を開いた。
「……家族は支えあうものだって、云ってたんだ」
「……お父さんが、か」
「そう。……俺、……ホウライ先生とランゼのこと、ふたつめの家族だって思ってる」
「……うん」
リィザの言葉は核心に触れない、回り道の言葉だった。それでも、その言葉の意味はランゼの胸にしっかりと伝わる。ただ嬉しくて、胸が滲んで眼が熱くなった。
「……私も」
支えてやる。支えて欲しい。暗黙に交わされる、言葉だった。
血が繋がらなくても結び合える。
そう思えて浮かび上がった嬉しさを表そうとすれば、幸せだ、と言葉が零れた。





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