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第5章 歯車は咬み合わずとも、動き出す4

第5章【歯車は咬み合わずとも、動き出す】4



「どうするんです、ジャウー」
国軍兵舎の一階、国軍総帥のための司令室として設けられたその室。
ジャウーの斜め後ろ、扉の傍に立った痩躯の男がゆったりとした声でその背に問うた。
「なにをだ」
ジャウーの気のない返事にも、男は気を悪くするそぶりも見せずゆるく微笑んだ。
「…知っているんでしょう。覇王の砦の、傭兵団」
「…お前こそ気になっているんだろう、ロイ。古巣だろう」
厭味のように云われても、彼は落ち着き払ったままで緋い瞳を細める。
「昔の話です」
「でも事実に変わりない、そうだろう。ランゼ軍の幹部はランゼとその妻、ロディ以外は死亡が確認されていない」
ジャウーはそう云って、ロイのその表情を窺い見るべくふり向いた。
彼は飄々として立っている。瞳が大きく、首が細く、うしろでまとめた銀の長い髪はやわらかく癖をもつ。年齢よりもかなり若く見える貌立ち。男と女と、壮年と青年と、その間に曖昧に存在する、そんな印象を与える。
「…あなたは俺がまた、裏切るとでも?」
残念がるでもなく、まるで面白がっているようなその表情。薄い笑みが広がる。
「…さあな」
いつまでもよく解らない男だ、とジャウーは思った。自分に勝る狂気を秘めた、おそろしい男だ、とも思う。甘く見られない。実力では自分が遥か上を行くのに、だ。
「俺はランゼの狂気に惹かれてついていったんです。軍内で、上官ふたりを斬り殺した、あの…。でも、女だ、家族だ、そんなものに心を燃やす連中ばかりだった。ランゼでさえも」
淡々と言葉を並べるロイの瞳には、怒りに似た感情が存在するはずだ。燃える色はその緋(あか)に紛れて息をひそめる。
「だから俺はあなたに忠誠を誓っているのですよ。女にも家族にも現を抜かさない、狂気の獣の、あなたに」
「…酷い云われようだな」
ジャウーは苦笑する。
「褒め言葉です」
ふん、とジャウーは鼻で笑ってロイから瞳を背けた。そのジャウーを見ながら、ロイは薄く微笑む。
「…まだ様子を見てやる。奴らが傭兵団でいるうちはな。どうせ、時機を見て反乱に乗り出す気だろう。そのときには…思い知らせてやるさ」
ジャウーの唇の端が釣り上がる。獲物を眼の前にぶら下げられて、さあ飛び掛ろうとする獣のそれだ。
「……彼らを踊らせておいて、政府…国王と親衛たちを陥れるおつもりでしょう」
わざとわずかに声を潜めて、ロイが云った。その言葉に、ジャウーは喉の奥で笑う。
「…良い部下を持ったものだ。…賢くて、邪悪だ」
「…褒め言葉でしょうか?」
「ああ」
「…有難く」
ロイの笑みを含んだ声。
ジャウーは窓の外に眼を向ける。ちょうどそこに、レディアス国王子、シェイが薄灰のマントを靡かせて颯爽と通り過ぎた。
母似の端麗な面に、父譲りの薄紫の瞳は真っ直ぐ前を見据えこちらをふり向くことはなかった。
若い頃のアギレスに似た、高慢な眼差しを思い出す。
「…それに比べて」
呟くように云う。
「国王といい、王子といい、愚かなものだな」
揃いの容姿のふたりを思い出す。
「国王はといえばまるでやる気がない…なのに王子ときたらやたらと自信ありげなことよ」
5年ほど前まで気楽な瞳を。それから影を落としたような瞳を。若いそれは辛苦を知らない無知な。
それでも見る者を惹きつけるような薄紫の色。
高貴に映るそれがジャウーは気に入らない。
「…仕方のないことですよ。……彼らも、家族だの、そんなものに縋っている人種に過ぎない」
ひと呼吸のあと、ジャウーは緩慢に返事をした。
「…そうだな」
「そうです。彼らが生温いから、覇王戦争後にはせっかく壊滅させた東地区も自治群になってしまった。南も結局力を取り戻し…北自治群には自由を赦しすぎています。国を立て直そうと思えば…すべて壊して、本当の覇王となって一から積みなおすべき、と思いませんか。そのためにはいくつでも血と命を捧げるべきです」
ロイの言葉を聴き、ジャウーは喉の奥で、くくっ、と笑った。
「……やっぱり気にしてるんじゃないか」
笑みを浮かべてふり向いたジャウーに、ロイは不快そうに眉を寄せた。それを見ながら、ジャウーはまた嗜虐的に笑う。
「いつになく饒舌だな、ロイ」
「…そうでしょうか」
すこしむっとした表情がジャウーの嗜虐心を誘う。
「…それでいい。そうやって、昂って、狂気に侵される様が美しいのだ」
覇王戦争時の寝返り以降、監視を兼ねて傍に置いているこの部下を、ジャウーは気に入っている。
ジャウーの銀の双眸が、食い尽くそうとする獰猛な獣のそれのように、ぎらついた。




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第五章 歯車は咬み合わずとも、動き出す3

【第五章 歯車は咬み合わずとも、動き出す】3



「俺はランゼの下にいた。ロイ…ロイ・ワグナーです。ランゼを裏切って戻ってきた」
武器も持たず、両側に立つ兵士に拘束された無力な姿で、まだ少年の面影を残す男はそう云った。
自ら、ひとりで此処に来たと云う、ただその瞳は凛と真っ直ぐだった。なにも怖れてはいない瞳。
「信じるかどうかはあなたたち次第だ……ランゼの拠点は、西商業地帯南端の街から遠く外れた山中の砦にある。いま、そこに残っている勢力は少ない。ランゼは、妻とともに其処にいます」

国軍は、ロイを、信じた。



山麓にそびえ立つように在るランゼの砦を、国軍は取り囲んでいた。
ランゼが篭城してから、数日がたった夕刻だった。
燃えるような茜空が彩る、脳裏に焼きつくような情景の日だった。



窓辺に男の影が見えた。
そこから逞しい腕が伸ばされる。
その手は握った深紅の旗を、離した。
もがくようにはためいて落下したそれ。
敗北を認める、証だった。
「―――――――――突入だ!!!」
弾かれるようにして、猛々しく叫んだ、自分の声がやけに遠く聞こえた。
駆け上がった最上階のその室で、ランゼは絶命していた。
妻、イルマを殺して。
彼女を抱き、自らにも深く剣を突き刺していた。
覇王と呼ばれた男の、残酷で悲痛の最期だった。



時期を同じくして、ノルディスは国軍の手に陥落した。豊かな集落だったそこは、価値のない焼け野原と化した。
そして、ティヘナ侵攻は、ランゼ包囲に兵力を裂いたために双方苦戦を強いられていた。ランゼの落城の報を受けて互いに撤退することになったが、ティヘナの族長はかなりの手負いを負った。そしてランゼの腹心、剣士ロディは命を落とした。ティヘナ侵攻を指揮したジャウーは片眼を失った。
互いに半数以上が命を落とす、惨劇の幕引きとなったのだった。








「……ランゼ軍の人間はみんな、処刑したわけじゃないんだ」
不服とも云うような口調で、シェイは云った。歴史書より内側の話をしたというのに、開口一番の台詞がそれで、アギレスは息子に潜む狂気を見た気がして複雑な気分になった。
「…ああ。我々も、疲弊していたからな。死亡が確認できた者以外は、未だにどうなっているか解らない」
ランゼの裏切り、情報の漏洩、ロイの寝返り、そして全土を覆った戦渦。失われた命の多さ。覇王戦争は思いの外にレディアス国中枢に深い爪痕を残した。占い師の助言で、その年に生まれた赤子は処分したり手放したりするほどに、暗黒にとらえられた出来事だった。
「……覇王戦争はまだ、終わってないんだね」
ぽつりとシェイが云った、その言葉にアギレスはどきりとした。情けないと感じつつも、冷や汗の浮かぶ思いで脳(あたま)でその言葉を反芻する。
「覇王の砦、ティヘナ族、みんなが騒ぐわけがなんとなく解ったよ。…砦の傭兵団には、ランゼの仲間がいるのかも知れないね」
まだ少年の域を超えない息子は、ときに鋭いことを云う。自分より王の器が在る、とアギレスは再三思った。
「でも……覇王戦争のように、勝つのは中枢だ。……そうでしょ、父さま」
微笑を浮かべる、その様は懸念を抱くほど無垢で真っ直ぐで。心酔するように信じて疑わない、それを危うげだとアギレスは思った。それと同時に、この国の主という立場にありながら、『勝つのは中枢に決まっている』と胸を張れない自分をみつけて呆れた気持ちになった。
「……ねえ、どうするの」
悪戯めいた眼差しで、シェイはすこし身を乗り出すようにしてアギレスに問いかけた。
「…………軍事についてはジャウーに任せている」
アギレスは先程官僚に吐いたのと同じ台詞を、シェイに返す。
「……そう」
残念そうな色を秘めた、冷めた声音が漏れた。
「…戦争になったら」
ひやりとした声が、静かな室に響く。
「僕もこの腕を確かめてみたい。…いいでしょ、父さま」
さまざまな感情を抱きながらも、ここまで表情を変えなかったアギレスが、その言葉に眉をひそめ表情を歪めた。
「…戦争は訓練とは違う。お前のような年端もいかない者が出る幕ではない」
思いの外きつくなった声音にも、シェイは怯むことなく淡々と云い返す。
「…北自治群では。10歳から15歳までの間従軍して、その間に前線に出ることだってある。僕はもう十分な年齢でしょう。…心配しないで、父さま」
認めないとばかりに応えないアギレスから瞳を逸らして、シェイは陶酔するように、企むように、眼を細めた。
「ジャウーには…格好の獲物だろうね。ランゼの砦の、傭兵団か」
「…………」
アギレスは、眉を寄せこそするがそれ以上諫めることができなかった。








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第五章 歯車は咬み合わずとも、動き出す2

【第五章 歯車は咬み合わずとも、動き出す】2




「国王」
室の扉を開けた国軍の兵士が、その場に跪いて告げた。
椅子に腰掛けたノルド、机をはさんでその前に立つアギレス、二対の薄紫の瞳がその兵士に向けられる。
「城内で兵士がふたり、亡くなりました」
「…疫病か?」
きびしく眉を寄せるノルドに、その兵士は神妙な表情で首をふる。
「…斬り殺されていました」
沈んだ声が、しんとした室内に染み入るように流れた。
ノルドは眉を寄せた表情のまま、まっすぐに兵士を見ている。まるで睨まれているかのような錯覚で、その兵士は射竦められて蒼褪めていく。
「ランゼの部隊から数名、姿がみえなくなっています。馬や、武器も…」
その声はわずかに震えている。兵士はもう二対の薄紫の瞳を見ようとはせず、俯きがちに事実を告げる。
「話によると、先日死亡した 、 の両幹部は日頃からランゼのことをよく思っていなかったそうです…たぶん、先日の犯人も…」
語尾が小さくなり、兵士は困惑げに言葉を濁す。
「…ランゼか」
「…ではないかと」
室に沈黙が流れる。窓の外や階下のざわめきが、不相応に軽々しくて滑稽なほどだ。
「……有能な兵士だと聞いていたが」
呟いたノルドの瞳は、屹と睨みつけるように鋭くその兵士を見た。直視こそしていないものの、その威圧感が伝わったのだろう、彼がわずかに身を引いた。それをアギレスは漠然と眺める。
「…ランゼとその部下たちを、探させます」
跪いたまま深く礼をして、兵士は足早に去っていった。


それから一月ほど、彼らの行方は掴めぬままだった。
ただの逃亡とみなし、捜索を諦めようとした矢先のこと。
当時、国軍は東農業地帯の武力征圧を試みていた。東農業地帯の中でも、西商業地帯、北自治群よりの端の集落、イクロスへの攻撃部隊を指揮したのがジャウー、二番手となりまとめたのがアギレスだった。
東農業地帯は南自治群、北自治群のように武力を備えていない。その気になれば征圧は容易いと考えられていた。
そのはずのイクロス攻撃で、後陣にかまえていたアギレスとジャウーの元に届いたのは予想していなかった報だった。
先陣から兵士が戻ってきた。大きく肩で息をし、興奮した朱い顔で、それでいて恐怖を見たような引き攣った表情。
「ジャウーさま、アギレスさまっ」
息も切れ切れに、ただならぬ様相で跪くのをジャウーは冷たい瞳で見下ろしていた。
「どうした」
「ランゼです!…ランゼがっ…現れて加勢しています…ロディもです!…かなり、苦しい状況、です…っ」
「…………ランゼか…」
ジャウーが険しく眉間に皺を刻んだ。ジャウーもアギレス同様、ランゼとはともに訓練を積んだ同僚だ。しかも、ジャウーとランゼはいつでも実力の一位、二位を争う相手同士だった。
ジャウーの舌打ちが緊張したテントに響いた。
「…撤退だ」
低く押し出された言葉。
はい、と兵士が震えた返事をして、後陣のテントを慌しく出て行った。
「あいつ…ついに姿を現したな。なんのつもりだ」
腕を組むジャウーの表情はまだ険しく歪められたままだった。


それを皮切りに、国軍の武力征圧の前にランゼたちはことごとく立ちはだかった。
武力征圧の拠点とする砦を次々と襲い、国軍を追い出していった。それが、後に『覇王』と呼ばれる所以にもなる。


度重なる衝突、敗戦で国軍兵士たちは疲弊していた。それはジャウーやアギレスをはじめとする幹部たちも同じだった。
劣勢ばかりではない、半年の月日を数えて、東農業地帯の集落、イクロス、リトは国軍の手に陥落した。巷に『覇王』、と呼ばれるようになったランゼたちも疲弊している。だがそれはお互いに同様で、安堵できることでもなかった。
その頃には国軍は全土への武力征圧を改め、標的を比較的力の弱い東農業地帯に絞った。そしてすべての因縁の素であるといえる、ティヘナ族の治める南自治群にも矛先を向けた。
最後に賭けた、全軍でのティヘナ、ノルディスへの攻撃を控えた数日前。アギレスは兵士たちの様子を窺いに兵舎を訪れていた。
医務室や訓練所を見回り、厩にさしかかった辺りで兵士たちが話しこんでいるのをみつけた。アギレスはその会話にそれとなく耳をそばだてる。そこにただならぬ雰囲気を感じてのことだったが、その勘は間違っていなかった。
「あいつ…セノアがいなくなった」
「救援部隊のセノア? 何処かに駆りだされてるんじゃなくてか?」
「そう…思ってたんだけど。もうしばらく、姿を見ない。…おかしくないか?」
「あいつ、非力だろ。どっかで野垂れ死んでるんじゃねえの」
「…だけど、もしも、もしも、さ……。…皆、おかしいと思ってるだろ。ランゼはいつも標的の街に現れる。…………偶然じゃ、ないとしたら、って考えたことあるか? 誰か…情報を流す奴がいるんだとしたら」
「…………まさかだろ」
兵士たちがどよめく。
下等兵にも切れる者がいるものだ、と思いながら、同じようにざわめく気持ちを抱えながらアギレスは彼らに近寄った。
「…本当か」
声をかけられて兵士たちは一様に引き攣った表情を浮かべる。
「救援部隊のセノア、だったな。ほかにいなくなった奴はいるか」
彼らは思案したあと、各々に弱く首をふった。


結局、救援部隊のセノアという兵士は見つからないままだった。覇王戦争の後も。
ただ、ランゼ軍はノルディス、ティヘナ侵攻にまたしても立ちはだかった。それがたぶん、答えなのだろう。
そして、仲間に裏切られたのは、国軍だけではなかった。





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第五章 歯車は咬み合わずとも、動き出す1

第五章 歯車は咬み合わずとも、動き出す1


煌びやかに装飾された王の居室の窓から、冬めいた陽射しが降り注いでいた。
その室の中央で、白金の睫毛に縁取られた特異な薄紫の瞳が紙面を滑る。
「いかが、いたしますか」
室の扉の傍には痩せぎすの中年の官僚が真っ直ぐと立っていて、気弱そうな声を上げる。彼が窺い見た先では、レディアス国を統治する帝王・アギレスが無表情のまま手にした新聞を折りたたんだ。同じほど年齢を重ねてはいるものの、帝王の気品と整った貌立ちがより若々しく思わせる。
「軍事についてはジャウーに任せている。興味がない」
たたんだ新聞を卓の端に追いやる動作に、襟足で束ねた緩やかな巻きぐせのある白金髪が物憂げに揺れた。
「……然様ですか。では、失礼いたします」
男がそそくさと去って行く気配を背に感じながら、アギレスはもう一度追いやった新聞に視線を遣る。
官僚が持ち込んだのは、地方の無名紙だった。その隅に書かれた短い記事を、男は指した。
“覇王の砦に居を構える若き傭兵団が拡大。ティヘナ族の姿も見られ、砦下の街も活性化している。新たな自治郡の誕生か。レディアス国はこれを見逃すのか、潰すのか。”
“此の傭兵団はいくつかの街の壊滅を救った。しかし、彼らが戦力をつけ国に反旗を翻せば、戦争の再来を招くのではないか。現状の維持と打破、どちらが幸福となるのか。”
つまりは反勢力となりそうな種を見逃すか潰すか、窺いに来たというわけだ。
17年前、戦争後に覇王の砦を厳しく管理せず放置したのは、僅かな同情の念からだった。
あの戦争の主犯格、ランゼ、ロディ、シーアはともに国軍で訓練を積んだいわば同僚だった。見知っていたし言葉を交わしたこともある。
ランゼは家系という後ろ盾のある自分とは違い、自力で30歳ほどの若さで幹部に上り詰めた能力のある男だった。
どうして彼らは反旗を翻したのか。叛乱を知ったときの失望にも似た感情を憶えている。
そして廊下で目撃した場面を今も忘れない。


ふたりの同階級の幹部がランゼに詰め寄っていた。
それでも、浅黒い肌に精悍な身体つき、冷徹めいた三白眼のランゼは余裕のあるふうに見えた。
「知ってるか、ランゼ」
嫌味に唇の端を吊り上げた男がねっとりとした口調で云う。
「今度の標的はティヘナ族だそうだ。お前にはできるのか?」
「せっかく上官に媚売って地位に着いたのになぁ。地位を守って女を捨てるか? 女を守って地位を捨てるか? 究極の選択だよなあ」
せせら笑う歳上の男たちに、ランゼは冷え切った視線を返していた。堂々とした出で立ちで。
くだらないとでもいうように押し黙るランゼに、男たちはさらに煽るような言葉を浴びせた。
「どうせ卑しい茶色い血なんて、華々しい地位には不相応だぜ。それとも、南の女は情熱的で病みつきになるか」
下卑た男の笑い声に、初めてランゼの表情が動いた。ぴくりと眉を顰める、それだけで総毛立つような殺気。
もう、やめておけ。遠眼に見ている自分でさえも気がついた危機感を、調子づいた男たちは感じないようだった。愚かに言葉を積み重ねる。
「なあ、どっちがい、」
その言葉は鈍い潰れた悲鳴に消された。冷たい床に滴る、鮮血。折り重なるように倒れるふたつの身体。
ランゼの手が握る剣を彩る緋。
冷え切った瞳をしたランゼと一瞬、瞳が合った気がした。
動ずることもなく、返り血を拭うこともせずその場を後にしたランゼの背中からずっと瞳が離せなかった。
しばらくしてアギレスは何処に通報するでもなく、静かにその場を離れた。


あの日からランゼは姿を消し、間もなくロディやシーアら数人の兵士が静かに国軍を去っていった。
彼らの行方がつかめぬままひと月後、後に云う覇王戦争が始まったのだ。
結末にはなにが待っているのか解らないものだ、としみじみとアギレスは想う。
あの男はきっと間違っていなかった。けれど今となっては、悪の覇王と呼ばれる男だ。
もしかしたら彼は、妻を愛していた、ただそれだけの想いのために、此処を去っていったのかもしれないと思った。
思いを巡らせていると、コンコンコン、と、軽く扉が叩かれた。返事を待たずに扉が開かれ、誰なのかすぐに気づきながらもアギレスはゆっくりふり向く。
「シェイ。どうした」
白金の髪、宝石のような薄紫の瞳。自分と全く同じいろどりをもった息子、シェイが閉めた扉に寄りかかるようにしてこちらに視線を送っている。
15という年齢ながらすこし華奢なつくりと、真っ直ぐ伸びる髪、精巧な人形のように整った容姿は、彼に流れるもうひとつの血が与えたものだ。
「階下も軍部もなんだか騒がしくなってる。なにかあった?」
「さあ……知らんな」
きっとあの傭兵団のことなのだろう、と思いつつ、余計なことは知らなくたって良い、とアギレスははぐらかしてみせて首を傾げた。
しかしシェイは納得いかないようで、あからさまに不機嫌に眉を寄せる。
「…じゃあ、覇王戦争が知りたい。僕が生まれる前のことで、父さまも参加した戦争なんでしょう」
「…なんだ、急だな」
「覇王戦争、って言葉を最近よく聞くんだ。きっと最近の様子に関わってる」
憤然とシェイが云う。我侭なところはきっと自分に似たのだ、と思いつつも、アギレスはその容姿を前にしてはつい甘くなってしまうのだった。
「…いいだろう。座りなさい」
そう云ってシェイに長椅子を指し示した。






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第四章 貪欲な平穏は波瀾を欲した 4


第四章 貪欲な平穏は波瀾を欲した 4


穏やかな日々は緩やかに流れた。
日は短くなり色づいた木の葉はすべて枯れ落ちた。
もう習慣となって2、3日おきに訪れる図書館で、ランゼはリィザと並んで閲覧用の卓に着き新聞をめくっていた。それはホウライに依れば、あまり影響力のないという無名紙。
流し読みをし一定の速度で頁をめくっていたランゼの手が、ある記事を眼にして止まる。
“覇王の砦に居を構える若き傭兵団が拡大。ティヘナ族の姿も見られ、砦下の街も活性化している。新たな自治郡の誕生か。レディアス国はこれを見逃すのか、潰すのか。”
記事はとても短く、そのほかには此の傭兵団はいくつかの街の壊滅を救った、しかし、戦争の再来か、などと書かれていた。ほかに特徴がわかるわけでもなく、傭兵団なら各地に存在するときいたことがある。
『きっと、そうだ……』
それでもランゼには自信を持てる、心当たりがあった。もちろん自信に根拠はないが。
あれが覇王の砦かどうかなんて、知らなかった、でもきっと彼らなのだと胸の奥が疼く。
「……どうかしたか」
リィザが怪訝に覗き込む。
「……ううん、なんでもない」
でも関係のないことだ。
ランゼは口許を緩め、首をふった。


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